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高齢者虐待への提言
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はじめに
 高齢者虐待が社会問題になる背景には、戦前の家族制度の崩壊と核家族化、そして高齢社会の進行と介護の長期化や老老介護にみられる介護する人の経済的・心理的負担の問題がある。また、介護保険が実施されてから、地方自治体が制度上、介護の当事者として公的責任を十分果たさなくなったため、介護を要する人の把握が難しくなっていることも関係している。高齢者虐待は、高齢者人口の増大とともに増加の傾向をたどっている。そして公的責任の後退や介護のための基盤整備の遅れが、これを加速させているとみることもできる。いずれにしても、加害者が誰であれ、高齢者に対する虐待は、人間の自由と生存に対する重大な侵害であり、人権擁護を職責とする弁護士が緊急に取り組むべき課題である。高齢者虐待を防止するには、まず虐待の要因をひとつひとつ除去していく必要がある。例えば、家族介護の負担が問題であれば、公的責任によるヘルパーの援助や老人ホームへの入所措置が必要であり、高齢者の預貯金など財産の取り上げが問題であれば、地域福祉権利擁護事業による生活支援員や成年後見人の援助などを考えなければならない。また、施設における介護職員による虐待の防止には、介護職員の専門性を高める指導・養成や労働条件の改善が必要である。
 本提言は、現行制度によってもとりうる虐待防止策とともに、これが不備なため十分な対策が講じられていない現状を率直に認めたうえ、児童虐待防止法や配偶者などによる暴力防止の法律などのように、高齢者虐待防止のための特別法制定の緊急性を指摘するとともに地域における福祉関係者・関係団体のネットワークを拡げ、これを緊密にすることの重要性を指摘している。
第1 高齢者虐待とは何か
1 高齢者の虐待問題を取り上げる意義
(1)増加する高齢者虐待とその要因
 介護保険の実施により深刻な介護問題が解消することが期待されたが、研究者グループや地方自治体などによる実態調査の結果、とりわけ、在宅での親族等による虐待は増加傾向を示しており、一層深刻化している状況が看取される。介護保険が実施されても、保険の枠内でのサービスに上限のあることや夜間に空白が生ずることなど家族による介護が欠かせない実情が背景にある。また、介護家族が低所得の場合、1割負担や上乗せサービスの費用を自己負担できないことから、十分に介護保険を利用できず、これが介護家族を虐待に向かわせる要因の1つとなる場合もある。
 さらに、強い義務感から介護を家族がかかえこんでいるケースにあっては、介護の長期化が心ならずも虐待に走らせるケースもある。要介護高齢者の少なからずが痴呆を抱え、あるいは寝たきりであるため、自らは虐待に抵抗できなかったり、世話になっている気兼ねから、また仕返しを恐れて虐待の事実を第三者に知らせることのできない場合もある。
 他方、ワーカーやヘルパーなどの介護職員の専門性に問題があり、安上がりの福祉を実現しようとする事業者の施策などがあいまって十分な介護が受けられず、結果的に虐待に繋がる扱いを受ける人もいる。

(2)これまでの取り組みの不十分さ
 地方自治体や様々な団体・研究者から高齢者虐待の実態報告があっても、国や自治体の虐待防止への取組みは全く不十分であった。先般、厚生労働省は、財団法人医療経済研究機構に委託して在宅における高齢者虐待について全国的な調査を実施したが、高齢者虐待は全国的に深刻な状態にあることが判明している。しかるに、国や自治体等では、虐待問題についての早期発見と救済の方法、そして相談機関の設置など具体的かつ効果的な対策を検討するまでには至っていない。しかし、ことは人の生命・身体、そして個人の尊厳に係わる問題である。国・自治体・社会福祉協議会は勿論、高齢者福祉に関わる全ての団体、個人が緊急に高齢者虐待に取り組むことが求められている。通常国会で成立した公益通報者(内部告発者)保護制度は、虐待の早期発見・防止に一定の役割を果たしうると考えられるが後述のように不十分な点をいくつも抱えている。
 
(3)高齢者虐待の問題に取り組む意義

 高齢化が進行しつつあった1980年代には、高齢化=長寿社会として、長寿を歓迎する雰囲気が強かった。しかし、高齢社会が医療、介護、年金などの深刻な財政問題を浮かび上がらせる1990年代には、高齢化はそれまでとは反対に暗いイメージをもって語られることになる。また、年金問題に象徴されるように、世代間の連帯が強調される一方で、逆に世代間の「対立」、「緊張」が生じている。そうした社会状況も一因となって、高齢者に公金を投入するのは「枯れ木に水をやるようなもの」などと揶揄する者さえ登場するなかで高齢者の人格と尊厳を否定する雰囲気を醸成し、虐待の温床を作り出すことになった。しかし、高齢者の虐待問題に真剣に立ち向かい、虐待を未然に防止し、その対策を講じることは、老いを社会全体が支え喜びあい、人生の最後のステージを輝かせることであって、それは憲法13条、25条の保障する人間らしい健康で文化的な生活を実現することである。したがってまた、高齢者虐待の問題は、人権保障と正義の実現を職責とする弁護士が取り組むべき最重要の課題である。
2 高齢者の虐待とは
(1)定義づけの意義
 高齢者虐待に関して、我が国では確立された定義は未だなく、いくつかの定義が提唱されている。高齢者処遇研究会(代表/田中荘司教授)は高齢者虐待を「親族など主として高齢者と何らかの人間関係にあるものによって高齢者に加えられた行為で、高齢者の心身に深い傷を負わせ、高齢者の基本的人権を侵害し、時に犯罪上の行為をいう」と定義している。また、ねたきり予防研究会(代表/水無瀬文子氏)は、虐待の基本的要素として、?高齢者の生活の質(身体、精神、人権など)を他者や自分が苦しめること、?結果として生活や健康状態が悪化していること、?単なる事故や偶然でないこと、?互角な力関係でなく一方的な力関係であること、を挙げている。
 高崎絹子教授はアメリカ高齢者法144条を引用しつつ、アメリカでは一般的に、「ひどい傷害の行使、不条理な拘束、脅迫または残酷な罰を与えることによって、身体的な傷、苦痛または精神的な苦痛をもたらす行為」と定義されていると指摘し、家庭内高齢者虐待とは「配偶者、兄弟、子ども、友人、ケアの提供者ら、高齢者と特別な関係にあるものによって高齢者自身の家、またはケア提供者の家において行使される何らかのひどい取り扱いのこと」とされていると指摘している。
 どのような状況を虐待として捉えるかは、社会的・文化的な背景が強く影響し、時代ともに変わるため、高齢者虐待を一義的に定義づけることは必ずしも容易ではない。しかし虐待の「分類」を含めて、高齢者虐待の定義を提示することは、高齢者の支援に関わる人に対して、現に発生している問題が、あるいは発生しつつある問題が、「虐待」として解決することが必要な問題であることを明確に意識させ、何らかの対策をとる必要のあることを認識させるうえで重要である。
 
(2)人権侵害としての高齢者虐待
 高齢者の定義について、ここで詳細に検討することはできないが、上記の定義にあるとおり高齢者虐待が基本的人権を侵害するものであること、すなわち人が人であること自体から当然に認められる権利を侵害するものであることが中核とされなければならない。ただし高齢者の場合は、身体的・精神的能力の減退という問題を常に抱えている。そのため高齢者虐待の一分類としてあげられる放任・放置等のように伝統的な基本的人権の概念においては明確に人権侵害と意識されていない問題であっても虐待として捉えなければならない類型は現に存在している。高齢者虐待が生じうる場面は一般的な人権侵害が生じうる場面よりも広範囲に及ぶことに留意されるべきである。
 また、改めて述べるまでもなく高齢者の人権も、高齢者以外の人権もその重さに軽重はない。しかるに、後に詳しく述べるが、究極の人権侵害とも言うべき「殺人」に関して、高齢者が被害者となる殺人事件においては他の殺人事件と比較して執行猶予が付された「温情判決」が出されるケースが相対的に多いように見受けられる。もとより個人の刑事責任の軽重は、当該行為によって生じた結果のみならず、犯行の動機・犯行に至る経緯などの様々な要素を考慮した上で決せられるのであり、前記のような科刑の傾向を必ずしも否定的に論じるものではない。しかし、高齢者福祉についての我が国の現状は、そのような行為に及んだ個人の刑事責任を強く問うことに躊躇させるものであることを認識すべきである。
 
(3)定義付けの隘路

 また、定義付けをすることが、援助者に対して虐待を明確に認識させるという意味において重要であることは前述のとおりであるが、他方で定義付けは、虐待の定義から外れたものを放置してしまう危険性を常にはらんでいる。虐待の捉え方は社会的・文化的な背景に影響され、時代と共に常に変わっていくものであることを考えるならば、定義付けを硬直化させることの危険性も認識しておくべきである。
 法的整備の場面では一定の定義付けが法律においてなされることになるものと思われるが、法律によって虐待の範囲を限定し硬直化させてしまうことのないようにすることが重要である。
3 分類及び分類にあたっての留意点
分類についても確立されたものはないが、一般的には、概ね次のとおり分類されている。
身体的虐待
性的虐待
心理的虐待
搾取(金銭的・物質的虐待)
世話の放任・放置
その他(生命・身体に関わる自己虐待・自己放任など)
 定義に関して述べたところと同様に、虐待を認識する端緒になるという意味で分類を検討することは重要である。しかし何が虐待になるかを分類から演繹的に考えることは妥当ではない。具体的な問題について、それが「虐待」であり解決しなければならない問題かどうかが端的に検討されなければならない。そうでなければ、虐待の分類に明確に当てはまらない問題が検討の対象から外れてしまう危険性があるからである。その意味で分類自体を所与のものとして考えるべきではない。
 たとえば異性による介助の問題や抑制・拘束を虐待と捉えるか、さらには基本的には過失による行為である介護事故を虐待と捉えるか、という問題も検討する必要があると思われる。これらの問題は具体的な対応の場面において一般的な虐待とは異なる面があり、虐待の一種として考えると「虐待」の内容が希薄になって一般的な虐待に対して実効的な対応策を提示できなくなる危険性があるとの意見があろう。他方でこれらの問題の重要性を認識させるという見地から、これを虐待と捉えることが必要であるという見解もあるように思われる。定義と同様に、分類についても、分類することによって分類から外れたものが軽視されることになる危険性を有していることが銘記されなければならない。
4 高齢者虐待の特徴(児童虐待・夫婦間暴力との対比を含めて)

 (1)強者と弱者の関係・潜在化
 大雑把な言い方をすれば、高齢者虐待は虐待者と被虐待者との間に強者と弱者の関係があるという点で児童虐待・夫婦間暴力と共通点を有している。また在宅における高齢者虐待は、家庭内で生じるが故に潜在化しやすいという点で同様に共通点を有している。しかし他面で大きな相違点も存在している。全てを検討することはできないが特徴的な問題点を提示したい。
 
(2)虐待の要因の多様性
 高崎教授は児童虐待と高齢者虐待の違いに関して、児童虐待の場合は、仮に親に何らかの事情や理由があるとしても、基本的には親から子への一方的な関係から虐待が生じるのに対し、高齢者虐待は夫婦、親子、嫁姑、兄弟姉妹等の長期間にわたる家族関係を素地として、それに社会的なサービス体制の不備や高齢者介護をめぐる一般的風潮などが影響して引き起こされ、虐待に至るプロセスは様々な様相を呈すると指摘されている。
 被虐待者たる高齢者自身のそれまでの生活や家族関係が様々で、虐待に至るプロセスが多様である以上、虐待を防止するための対策や現に発生している虐待の対策も様々な視点から検討されなければならないことになる。
 
(3)介護者の負担と「扶養義務」
 高齢者虐待に関する先行研究によれば、虐待に至るプロセスは様々であるものの、特に在宅における高齢者虐待の大きな原因として、介護者が日常的な介護の中で精神的・肉体的に疲弊し、その結果として虐待に及ぶ例が少なくないことが指摘されている。
 介護は現に高齢者を介護している介護者にも大きなストレスを与える。要介護状態になった高齢者を家庭の中で介護するのは当然であるという周囲の目の中で、自らの介護によって本人の状況が飛躍的に改善する期待も持てない状況で介護を続けていくことの精神的なストレスは大きい。また精神的なストレスだけではなく、肉体的にも大きな負担となり、これに経済的な負担が加わる。
 我が国の社会においては家族が高齢者の介護をするのは当然であるとの考えも未だ根強く残っており、そのような状況の中で介護者が追いつめられて虐待に至るケースは少なくない。「扶養義務」そのものを否定するものではないが、「扶養義務」を過度に強調し、介護者に過度の責任感を負わせることが虐待の一つの要因になっていることを考えるならば、介護の責任を介護者や家族に負わせるのはなく、社会全体の中で高齢者を支えていくという視点に立脚することが必要である。
 「扶養義務」に関して、さらに言えば、このような親族の義務を強調することは「高齢者は、あたかも家族と一体でなければ生きていくことはできない」という前提から出発し「誰に扶養させるのが適当か」を考えることになる。しかし、高齢者自身の生き方を主体的に位置付けるならば、「扶養の対象」としての高齢者ではなく、「個としての高齢者」の視点こそが重要であるといえるのではないか。
 
(4)介入後のケアの問題
 夫婦間暴力との対比で特徴的な相違点の一つとして「介入後の問題」がある。夫婦間暴力の場合、緊急時におけるシェルターの必要性や、再発に備えるための継続的な支援の必要性を除けば、基本的には被虐待者自身の力で(被虐待者自身が自ら必要な機関の援助を受けることを含めて)生活を維持していくことが可能である。これに対して、高齢者虐待、特に在宅高齢者に対する虐待の場合は、介入した時点での虐待が解決されても、その後の被虐待高齢者の生活をいかに支援していくかという大きな課題が残される。介入後の生活までを見据えて介入していくことが必要であり、介入後の生活をケアすることができる環境が整えられなければならない。
 また、夫婦間暴力の場合は、被虐待者に、虐待者との関係を断ち切りたいという強固な意思があるのが通常であるのに対して、高齢者虐待の場合、虐待を受けながらも親族との関係を断ち切ってしまうことに躊躇を感じることも少なくない。もとより、その躊躇が外的な環境を整えることによって解消しうるものであれば環境整備のための方策を検討すべきである。しかしそれまでの長い家族関係の中で培われた特別の思いがある場合も少なくなく、そのような場合は、単に関係を断ち切ることのみによっては問題は解決できない。虐待の問題は解決しても他の新たな問題が生じる可能性があることが留意されるべきである。

第2 実態調査と分析の概要
 この章では、わが国における高齢者虐待の防止と対策を検討するため、その前提となる、これまで行われてきた実態調査の内容と分析を概観することにする。
1 高齢者虐待についての実態調査等の概況
(1)研究者らによる実態調査
  • 高齢者処遇研究会(代表/田中荘司教授)による「高齢者の福祉施設における人間関係の調整に係わる総合的研究ーわが国における高齢者虐待の実態に関する基礎研究」(調査期間1992.10〜1993.3)全国400ヶ所の在宅介護支援センターにおける、過去半年間の高齢者とその家族について調査したものであり、延べ209件の虐待事例が報告された。
  • 高崎絹子教授による「老人虐待の予防と支援に関する研究」(調査期間1993.5〜9)埼玉、福岡、山形の3県の保健所、訪問看護ステーション、在宅介護支援センターなどに勤務する看護職1811名に調査票を郵送し、調査機関の過去2年間に把握した被虐待者171名(延べ298件の虐待事例)を調査したものである。
  • 大阪高齢者虐待研究会(代表/大國美智子教授)による「全国における在宅高齢者虐待の実態」(調査期間1996.8〜10)これは全国の保健所、市町村保健センター、在宅介護支援センター、訪問看護ステーション、高齢者総合相談センター、老人痴呆疾患センター、精神病院・診療所など4150機関に1995年度1年間の虐待事例についてアンケート調査を行い、1531機関から回答を得たものである。回答のあった1183名の被虐待者の事例のうち974例を分析したもの。
  • 高齢者処遇研究会(代表/田中荘司教授)による「在宅・施設における高齢者及び障害者の虐待に関する意識と実態調査」(調査期間1997.10〜11)これは、日本介護福祉士会に属する全国の介護福祉士約1000名を対象とした、郵送アンケート方式による調査である。延べ320件の虐待事例が報告された。
  • 大阪老人虐待研究会(代表/津村智恵子教授)による「在宅要介護高齢者にかかわる介護職・看護職の人権意識と行動」(1998年3月)?の調査を踏まえて、大阪府下の医療機関及び福祉機関で在宅高齢者の相談・援助に携わっている保健・福祉職2615名を対象に調査票を郵送し回答を求めたもの(回収率55%)。同研究会は、「高齢者虐待防止研究会」との名称で、朝日新聞大阪厚生文化事業団と連携して、講習会やセミナーを実施している。
  • 寝たきり予防研究会による保健・医療・福祉の専門職で在宅の高齢者における虐待と思われるケース42例を集計分析したもの(「日本公衆衛生雑誌1998年」調査期間1995.8〜1996.8)
  • 多々良紀夫教授による全国アンケート調査(調査期間1998.10〜11)淑徳大学の多々良紀夫教授らが1998年度から3年間、厚生省科学研究費補助金により行った「高齢者虐待の発生予防と援助方法に関する学際的研究」の一環として、全国の在宅介護支援センターと老人デイサービスセンターに対し、郵送によるアンケート調査を行い、700ヶ所以上の機関から回答を得たものであり、その調査結果をまとめた多々良紀夫編著「高齢者虐待―日本の現状と課題―」(中央法規出版株式会社)では1008件の虐待事例が報告されている。
  • 愛知県立大学文学部生涯発達研究施設による「在宅での高齢者虐待防止に対する援助についての調査」(調査機関1999.7.1〜7.20)1998年10月1日までに設立された愛知県内の地域福祉サービスセンター55ヶ所と在宅介護支援センター122ヶ所を対象に調査依頼文書とアンケートを郵送して回答を求め、必要に応じて個別面接調査、電話調査を行った。
  • 高齢者処遇研究会(代表/田中荘司教授)による「特別養護老人ホームにおける高齢者虐待に関する実態と意識調査」(調査期間1999年の1年間)全国の特別養護老人ホームから1997施設を抽出し、調査票を郵送して回答を求めた。回収率34.7%。
    (2)滋賀県社会福祉士会事務局長奥村昭氏による「滋賀県における在宅高齢者の虐待   に関する状況調査」(2000年)滋賀県内の高齢者に関する専門職・団体356ヶ所、1126名を対象に調査したもの。
    (3)読売新聞による取材と特集記事、読売新聞の行った全国調査によれば、2002年7月から2003年6月までの1年間に警察が公表したものだけで、介護者により殺された人、傷害致死などによる死者が46人あり、重傷者が6人いる。また読売新聞は小林篤子記者が担当した虐待事例の綿密な取材をもとに、2002年7月、10月、12月の3部にわたり各5回シリーズの「高齢者虐待」の連載を行なっている。
    (4)群馬県及び埼玉県による実態調査、地方自治体としては、群馬県保健福祉部高齢政策課が2002年12月に在宅介護の現場で働くケアマネージャーやヘルパーらを対象に、県として初めて高齢者虐待の実態調査を行ない、2003年3月に、この調査結果をまとめた「いつまでも安心して暮らしたい−高齢者虐待事例集−」を発行している。また埼玉県健康福祉部長寿社会政策課によると、埼玉県では県内の市町村から、2002年4月から2003年7月までの間に把握した虐待事例の報告をあげてもらい、その総数が101件であったとしている。
    (5)財団法人医療経済研究機構による全国調査
     財団法人医療経済研究機構は、厚生労働省から補助金を受け、「家庭内における高齢者虐待に関する調査」を実施し、本年4月20日、とりまとめた調査の概要を公表した。
     この調査は、高齢者に対する虐待のうち、「家庭内で家族等が虐待者となっているものについて、発生の実態及び原因、地域の関係機関等による援助・介入の状況等を把握することを目的」として、全国の在宅介護サービス事業所等の関係機関1万6802ヶ所(機関調査)及び全国の市区町村3204ヶ所(自治体調査)を対象とし、昨年の11月から今年の2月までの間に実施されたものである。また、この調査は全国規模のものであり、今後、家庭内における高齢者虐待の原因と対策を検討するうえで、極めて客観性に富んだ基礎資料となる。
     (6)当連合会の調査報告
      ? 第41回人権擁護大会(1998年9月)に際しての調査、
    当連合会は1998年9月17日に札幌で開催した第41回人権擁護大会のシンポジウム第3分科会「家族と暴力」で、妻への暴力、子どもへの虐待と共に、家族による高齢者虐待を取り上げた。その時点までに報道された高齢者介護をめぐる殺人、無理心中などの事件を整理し、かつ、それまでに発表された前掲の研究者らによる実態調査をふまえた提言を行った。
      ? シンポジウム「高齢者に対する虐待防止への取り組み」(2003年3月)に際しての調査また、2003年3月17日に開催した日弁連高齢者・障害者の権利に関する委員会主催のシンポジウム「高齢者に対する虐待防止への取り組み」の中で、「在宅の高齢者に対する虐待、介護殺人の現状」として、過去約4年間に新聞報道された38事例の集約と検討を行った。
     以下においては、上記の各調査、シンポジウム、事例集、新聞記事などで取り上げられた高齢者虐待の実例を概括的に紹介し、そこに現れた特徴について簡単なコメントをする。
2 研究者らによる各種調査の結果と分析
  • 高齢者処遇研究会(代表/田中荘司教授)の調査研究(調査期間1992年10 月〜1993年3月)
    在宅介護支援センターの相談者である高齢者とその家族を対象(144例、うち男性41人、女性103人)に行なった調査の研究結果である「わが国における高齢者虐待の実態に関する基礎研究」(1994年6月)によれば、
       ア 高齢者の受けた虐待の種類は、
    a 世話の怠慢・放棄・拒否56.9%と最も多く、
    b 身体的虐待38.9%、
    c 心理的虐待31.9%、
    d 経済的虐待15.3%、
    e 性的虐待2.1%となっている。

    また、世話の怠慢などでは、60代40.6%に比べて、70代61.7%、80代59.7%と、70代以上が約6割を占めており、身体的虐待でも、年齢が高くなるにつれて割合が高くなる傾向にある。
       イ 虐待者と主な介護者の相関関係では
    a 同居の娘75.0%、
    b 同居の嫁74.5%、
    c 配偶者67.6%、
    d 同居の息子66.7%、
       ウ 同・別居を合わせた介護者の虐待者率は、
    a 娘79.2%、
    b 嫁71.3%、
    c 息子68.4%

    となっており、女性が介護を担っている状況を反映し、主たる介護者が虐待者になる相関関係の高いことが報告されている。(*本年の厚労省補助金による財団法人医療経済研究機構の調査結果との対比)
       エ 虐待者の主な虐待要因については、
    a 人間関係の不和19.8%、
    b 就労(生活中心者などの失業など)11%、
    c 介護疲れ10.4%、
    d 金品の搾取(高齢者所有の金品を家族が勝手に処分など)11.0%、
    e 介護に伴う精神的不安定9.3%、
    f 高齢者の性格6.6%となっている。
  • 具体的には、以下のような事例が紹介されている。
  • 事例1 夫89才、妻74才、夫婦2人暮らし。夫は脳梗塞、痴呆あり、歩行、排泄、入浴、食事、着脱など、すべて全介助である。デイサービス、ホームヘルプ、訪問介護を利用。昼夜となく妻の名を呼ぶ。妻は睡眠障害、買い物にも行けない。ノイローゼ状悪。そのため、夫の頭や身体を叩く。ロをきかない。近所に娘がいるが、介護力になっていない。
  • 事例2 夫婦2人暮らし。88才男性。障害、痴呆あり。10年前まで長男夫婦と同居していたが、不仲となり別居。夫婦のみでは生活が困難となり、ヘルパーを依頼するとともに別居している嫁に世話に来てもらう。過去の気まずい人間関係があり、長男が単身赴任になって、すべてが嫁の負担となり、精神的ストレスから嫁が箒の柄で義父の頭を叩くなどし、それがきっかけで摂食障害、尿が出なくなる。嫁はそれを知りながら医師へ連絡せず、ヘルパーが訪問時に発見して連格。
  • 事例3 夫と嫁と同居。息子はすでに死亡。80代女性、脳梗塞だが、痴呆はない。全介助で、ホームヘルプ、訪問介護、巡回入浴を利用。一戸建ての一部屋に寝たきり状態。本来は車椅子で外出可能である。おむつの濡れ方、布団の濡れ方が異常で手抜きが著しい。嫁は年金暮らし。他に兄弟がいるのに非協力で、孤立感を深めている。ホームヘルパーが気付く。
  • 「老人虐待と支援に関する研究〜埼玉県市町村保健婦に対する実態調査から〜」(代表/東京医科歯科大学大学院高崎絹子教授)(調査期間1993年5月〜9月)
    過去2年以内に埼玉、福岡、山形の3県看護職が把握した虐待事例調査によれば、
  1. 虐待事例は、埼玉52、福岡82、山形37の合計171例。調査対象の保健婦、看譲婦のうち17%が虐待事例を扱った経験を持っていた。
  2. 被害者の高齢者は80才前後が多く、女性が73%、寝たきりが33%、何らかの介助の必要な人31%、40%に痴呆症状がみられた。
  3. 虐待内容では、介護拒否、放任59%、ののしるなどの心理的暴力50%、たたく、ける、つねるなどの身体的暴力41%。
  4. 加害者は嫁が最も多く29%、続いて配偶者や息子が主たる介護者であった。
  5. 加害者の半数以上が、介護を「非常に負担」と答え、「やや感じる」を加えると8割が負担に感じていた。
  6. 被害者の高齢者は、「あきらめている」51%、「相談できない」10%、「事実を隠そうとしている」10%であった。具体的には、以下のような事例が紹介されている。
  • 事例1 寝たきりで痴呆のある87歳の母親を息子夫婦が介護していた「外出できない。」などと介護負担を強く感じており、おむつの交換をせず、食事を満足に与えない状態だった。
  • 事例2 娘夫婦と同居中の83歳の寝たきりの女性が、1年前から鍵をかけて放置されていた。夫婦は、体が不潔で介譲が不快と言っていた。
  • 事例3 介護する孫に蹴られて腰を骨折した81歳の女性が、「あの子が全部やってくれるから」と孫をかばって事実を隠していた。
  • 大阪高齢者虐待研究会(代表/大國美智子花園大学教授 事務局/津村智恵子)による「全国における在宅高齢者虐待の実態」(調査期間1996年8月〜10月)全国の保健所、市町村保険センター、在宅介護センター、訪問看護ステーション、高齢者総合相談センター、老人痴呆疾患センター、精神病院・診療所など7種類4150機関に50歳以上を対象者として行なったアンケート調査結果によれば、
    ア 虐待の態様としては(974例のうち)、
a 世話の放棄・拒否58.8%(507例)
b 身体的虐待47.2%(460例)
c 心理的虐待46.0%(448例)
d 経済的虐待15.3%(149例)
e 性的虐待0.3%(3例)となっている。
   イ 介護者との相関関係では、
    被介護者が男性の場合は
a 妻が45%と最も多く、
b 嫁19%、
c 息子19%
    女性の場合は、
a 嫁32%、
b 息子23%、
c 夫18%
この調査でも息子よりも、妻や嫁など女性が多数である。
   ウ 虐待の要因・誘因では、
    高齢者側(複数回答)では、
a 高齢者の過去の生活態度などによる人間関係41.9%、
b 痴呆31.8%、
c 身体の重介護状態27.2%、
d 高齢者が無気力・依存的25.3%、
e 感謝の様子がない24.7%
    虐待者側(複数回答)では、
a 介護による精神的ストレス49.2%、
b 高齢者との過去の人間関係46.1%、
c 介護者の性格・精神障害36.6%、
d 介護の身体的負担34.1%、
e 家族や親類の無理解・無関心32.0%
   エ 虐待に対する自覚など
     特に調査結果で注目されるのは、虐待者の虐待に対する自覚の項目で、
    「明確にある」及び「少しある」を合わせると、31.8%であり、
  また「どちらかというとない」33.1%、
     「全く自覚がない」は25.9%で 6割近くが自覚がないと答えていることである。
  また、高齢者に対する憎しみの有無では、「いつも感じている」18.7%、
     「時々感じている」38.6%、で6割が憎しみの感情の存在を認めている。
   オ 虐待を疑ってから発見されるまでの期間
  虐待を疑ってから平均8.4カ月、3割は当日判明、1年以上後は4分の1となっている。
  • 高齢者処遇研究会(代表/田中荘司教授)による「日本介護福祉士会に属する全国の介護福祉士約1000名を対象として行った郵送アンケート方式による間接調査」(調査期間1997年10月〜11月)
  1. 虐待総数320事例のうち、在宅は166事例(うち家族による虐待145事例)、全体の51.9%で施設内154事例と半々であった。
  2. 被虐待者の性別は女怯72.5%、男性27.5%、高齢になるほど虐待を受ける割合が高く、75歳以上が70.4%。
  3. 被虐待者の家族構成は、二世代世帯が最も多く46.2%、三世代30.8%、夫婦17.6%。
  4. 介護困難な人が虐待の対象となりやすい。何らかの疾病の有る人が68.1%、歩行、排泄、入浴について、自立できない要介護者が半数を占める。
  5. 施設での虐待について、虐待者の61.7%が「寮母職」によるものであり、虐待の種類としては、心理的虐待が最も多く、次いで身体的虐待、世話の放棄・拒否・怠慢となっている。在宅に比べ、経済的虐待はほとんど見られなかった。世話の放棄・拒否・怠慢は、業務が忙しく、高齢者への対応に手間取ったり、持て余し気味になったときに多い傾向がある。
「日本における高齢者虐待の実態と課題」(2003年、大阪府立看護大学津村智恵子教授)は、施設入所高齢者への虐待も分析している点に特徴がある。
この資料による分析結果の主なものをあげると
  • 施設入所高齢者が受けている虐待の種類と虐待行為者
    心理的虐待、身体的虐待が割合的に多く、特別養護老人ホームの心理的虐待の多さからして職員教育の必要性を説いていている。また施設入所高齢者への虐待行為者は、施設職員が多いが、特別養護老人ホームでは他の入居者による虐待が増加していることを指摘している。
  • 在宅高齢者が受けている虐待の種類
    最も多いのは、世話の放棄、次いで心理的虐待、身体的虐待の順であると分析している。
    津村教授は、介護者が虐待者になる場合の関連要因、及び高齢者が被虐待者になる場合の関連要因として、以下の要因をあげ、その数を分析している。
    a)介護者が虐待者になる場合の関連要因
    性別、年齢、同居または別居、介護者は仕事を辞めたかどうか、介護者の健康状況、介護者の負担感、高齢者への憎しみ感情の有無、家族の介護協力を欲しているかどうか、介護は自分の役割だと思っているかどうか、介護による経済への影響の有無、近所づきあいの有無、ストレス発散に友人と喋るかどうか、高齢者以外に要介護者を抱えていることの有無
    b)高齢者が被虐待者になる場合の関連要因
    性別、年齢、配偶者の有無、痴呆の有無、寝たきりの有無、世話が必要になってからの期間、喜怒哀楽が激しいかどうか、不眠の有無、障害・問題行動の有無、食べたことを忘れ欲しがるかどうか、高齢者が自力で出来ることの有無、意欲なし無気力かどうか、失禁の有無、徘徊の有無、依頼心強いかどうか、わがままかどうか、未熟な性格かどうか、攻撃的行動かどうか、酒害中毒の有無、精神障害の有無
3 日本労働組合総連合会(連合)の「要介護者を抱える家族についての実態調査」
(1995年)(調査期間1994年10月〜12月)
55歳以上の要介護者を抱える家族(連合組合員に限定しない)を対象とした調査では、回答2104通で、家庭内介護において「被介護者である親に憎しみを感じたことがある人」は34.6%、被介護者の親への虐待は16.4%に及ぶ、とされている。
4 群馬県及び埼玉県の調査した在宅高齢者の虐待事例
群馬県では、市町村や事業者の協力を得て実態調査を行い、その結果をもとに、原因を分析している。ここで虐待発生の背景には、「単一の要因だけでなく」、被虐待者側の要因、虐待者側の要因、家族による要因、社会的要因など複数の要因が複雑に絡み合っていると指摘している。そのうえで、虐待の早期発見と予防のため、地域に住む高齢者に最も身近な第三者が専門機関に繋げていく仕組みが求められているとし、加えて被虐待者に対する援助とともに虐待者に対する援助の必要性を指摘し、そのための対策を検討・実施している。
 また埼玉県では、2002年4月から2003年7月までの間に、県内36市町村から101件の虐待事例が把握されたとしている。それによると、被害者の性別は男性19名、女性82名である。被虐待者の年齢は75歳未満が27名に対し、75歳以上が74名となっており、後期高齢者に多い。また被虐待者と虐待者の関係としては、配偶者が20名、子が45名、子の配偶者が19名となっている。さらに虐待の種類としては身体的虐待73件、ネグレクト19件、心理的虐待8件、経済的虐待及び性的虐待各1件。対策としては、老人ホーム、グループホームなどの施設入所が18件、入院12件、ショートステイ利用11件、民生委員や在宅介護支援センターなどによる見守り、デイサービスなどの利用が61件となっている。
 5 読売新聞連載「高齢者虐待」で取り上げられた高齢者虐待実例について
  1. 刑事事件(殺人、傷害致死事件)にまで発展したケース
    読売新聞によれば、2002年7月から2003年6月までの1年間に警察が公表したものだけで、介護者による殺人、傷害致死などによる死者が46人あり、それを分析したところ、被害者のうち30人(65%)が女性で、平均年齢は76.1歳。寝たきりや痴呆など、重度の介護の必要な人が33人(72%)であり、事件のきっかけは仏壇の供え物を食べ散らかした、オムツをばらばらに破いたなど、カッとなって首を絞めたり殴ったりというケースが多く、加害者は男性が34人(76%)でこのうち被害者の息子は23人、夫は11人であったとされている。
  2. 読売新聞の特集記事から
    読売新聞の「高齢者虐待」3部シリーズ(各5回連載)は、2003年7月が「介護のはざまで」、10月が「施設の中で」、12月が「老いを守るために」である。第1部「介護のはざまで」の中に、全国的に報道されたいくつかの虐待事例が紹介されている。また、施設の中での虐待事例に関しては、これまで十分な事例収集と分析がなされていなかったが、第2部「施設の中で」は、12のケースが具体的に紹介され、問題点が指摘されている。第3部「老いを守るために」では、アメリカテキサス州オースティンでの虐待通報義務を一般市民にも課している法制度のもとで虐待通報を受けるソーシャルワーカーの仕事、ノルウェー、スウェーデンでの罰則より教育に重点を置いたやり方や一時保護所、イギリスにおける民間団体による被害者支援、日本におけるNPOによる身体拘束廃止や安易にオムツに頼る介護をなくす運動や先進自治体の取り組みなどが紹介されている。
  3. 虐待の具体例
    「介護のはざまで」で取り上げられている事例
    「施設の中で」で取り上げられている事例
6 日弁連人権擁護大会シンポジウム(1998年9月17日)で取り上げた高齢者虐待 実例について
  1. 介護の負担が虐待を招いてしまう事例
    前記高崎絹子教授による「老人虐待の予防と支援に関する研究」(調査期間1993.5〜9)における実態調査事例
  2. 介護疲れが高齢者を死に追いやってしまう事例
    アルツハイマー病に罹患していた82歳の母親は徘徊がひどく、犯行当日も警察に保護されて自宅に戻ったが、なかなか家に入らなかったため、家の中まで引きずったり足で蹴るなどの暴行を加え死に至らしめた息子(被告人)に対し、母親のみならず妻も介護を要する状況にあったなどの事情を斟酌し、尊属傷害致死罪を問われるも、懲役3年執行猶予3年の言渡とした事案(求刑は4年)〔浦和地裁川越支部1994(平成6)年5月10日判決、判例タイムズ856号256頁〕。
    老人性痴呆症の71歳の夫の求めに応じて夫の首を絞め窒息死させたとして、71歳の妻が嘱託殺人罪に問われた。判決は、「痴呆症の夫の対応に苦慮していた点は理解できるが、夫の頼みとはいえ、殺害は安易な行動であり責任は重大」として懲役1年8カ月を言い渡した事案(求刑3年)〔大津地裁1998(平成10)年1月28日判決、京都新聞1月29日記事〕。
    56才の息子が看病疲れが原因で、就寝中の83才の母親の瀕にタオルを押しつけ、鼻をつまむなどして殺害した。2年前から寝たきり状態、息子は1年前から土建業を辞め看病に専念して貯金で生活していた(1998年6月19日 新聞記事)。
    その他、介護疲れにより親子で無理心中を図ったものと疑われる事案は多数ある。例として、「都内で無理心中、相次ぐ高齢化介護に疲れ、孤立し、あきらめ・・・。」(1998年1月31日朝日新聞夕刊の記事)など。
  3. 財産管理と虐待との関係を示す事例
    (愛知県の「高齢者の財産管理を考える会」代表小國英雄教授らの研究より)

    老親は、介護を期待して財産名義を書き換えたが介護してくれない。
    施設に入っている老人の年金や貯金を子どもがつかう。
    痴呆症などで判断能力が衰えた人の財産が本人に無断で処分された。
  4. 財産目当ての同居者の犯罪事例
    勝手に同居中の高齢者と養子縁組届を出して養子になりすまし、サラ金などから借金を繰り返していた。身寄りのない高齢者75才が入院していた病院で知り合った通院中の53才に目をつけられ、計画的に同居を持ちかけられた。サラ金からの取り立てで養子縁組を知った(中日新聞1994年11月名古屋市)。
    資産家の87才の男性が、二男とその意を受けたフィリピン人2人により殺害され、自宅が放火された(中日新聞1994年1月名古屋市)。
  5. 身体的虐待と心理的虐待の複合的な被害事例
    前記高齢者処遇研究会(代表/田中荘司教授)の調査研究(調査期間1992年10月〜1993年3月)の事例
7 日弁連シンポジウム(2003年3月17日)で報告された新聞記事38件の高齢者  虐待の実例と分析
(1)加害者の特徴
  • 性別(グラフ1.)
    男性が圧倒的で76%を占めている。
  • 加害者の年齢(グラフ2.)
    平均年齢61.87歳。内訳を見ると60歳以上が5割以上を占めている。
  • 加害者と被害者との続柄(グラフ3.)
    加害者は、被害者の子が47%、被害者の配偶者が44%
  • 犯行後の加害者(グラフ4.)
    自殺及び自殺未遂を含めると43%、約5割弱の加害者が、自分自身も自殺を試みている。
  • 殺害方法
    a)66%が絞殺 
    b)刺殺、放置、蹴・撲殺は合計で約3割
(2)被害者の特徴
  • 性別
    女性が圧倒的で約8割。
  • 被害者の年齢
    平均77.23歳、内訳を見ると75歳以上が74%で65歳以上74歳未満を含めると実に約90%近くを占める。
  • 被害者の健康状態
    何らかの障害をもっていた被害者が85%内訳としては約6割が身体障害精神障害、行動障害、知的障害をもつ被害者の合計が24%
(3)判決
  • 懲役3年執行猶予5年  5件
  • 懲役5年        1件 
  • 懲役7年        1件
(4)分析の際の留意点
新聞記事のみでは、介護期間、介護サービスの有無、内容、虐待者の経済的水準等の材料が不十分でこれらについては、分析はできていない。ただ、新聞記事38件中5件は、借金、遺産トラブル等の経済的な理由による殺人と考えられる事例も見られた。
なお、全ての新聞を網羅しているわけではないこと、また在宅に限らず、施設内での加害者を被害者の親族とする殺人も含まれている。
(5)分析
  • 加害者と被害者
    介護殺人という虐待の究極的な手段にでる虐待者は、圧倒的に男性が多い。そして、被害者は、圧倒的に75歳以上の女性が多い。
  • 2つのパターン
    次に、介護殺人といっても大きく分けて、2つのパターンがあるのではないかと考えられる。
    ひとつは「介護疲れの延長としての殺人」もうひとつは「虐待の延長としての殺人」加害者も殺人を犯した後、自殺を試みている約4割の事例は、「虐待の延長としての殺人」というよりも「介護疲れの延長による殺人」と考えられる。
    殺害の方法で絞殺が66%で、刺殺、放置、蹴・撲殺が約30%となっているが、絞殺が多いのは、寝たきりの抵抗のない被介護者を殺害する方法として自然であるというほかに「介護疲れの延長による殺人」が多く含まれているのではないかと考えられる。反対に、刺殺、放置、蹴・撲殺は「虐待の延長としての殺人」の事例がほとんどなのではないかと考えられる。判決で懲役3年執行猶予5年の事例が5件あるが、いずれも「介護疲れの延長としての殺人」と考えられる事例である。
  • 介護サービスとの関係
    介護者の行政や、介護保険等の介護サービスの利用の有無と介護殺人の関係については、新聞記事38事例中、介護サービスを受けていたと明記するものは9件のみ。新聞記事が短いものもあって正確な考察はできないが、やはり、介護サービスを利用していない場合に殺人まで犯してしまう事例が多いと推測される。
 8 「介護に関する死亡事件の報道分析(1)」(日本在宅ケア学会誌より)
    (1997年10月から2002年9月までの5年間の朝日新聞報道記事地方版から82件の介護殺人事件を調査分析したもの)
これは、介護殺人を介護保険施行前と施行後に分けて分析していることに特徴がある。
この資料による分析結果の主なものをあげると
  • 介護保険施行前は34件、施行後は48件であり、施行後に報道件数が 増加している。
  • 被害者の年齢は、施行前の平均年齢が69.86歳、実施後の平均年齢 が73.36歳であり、施行前後とも被害者の7割以上が65歳以上の高 齢者であった。被害者の74.4%が女性であった。
  • 加害者のうち男性は、施行前が58.8%、施行後が72.9%を占め ていた。
  • 加害者と被害者との関係は、施行前、施行後とも「夫」、「息子」、「妻」 が多く、これらの身内の割合を合わせると7割を超えていた。
  • 裁判による判決結果は、「懲役3年執行猶予5年」が一番多く、施行前 後ともに全体の2割を超えていた。執行猶予の付いた判決結果数が執行猶 予のつかない判決結果数を施行前後ともに上回っていた。
    以上の分析結果をみても、先述した日弁連資料と同様の傾向が窺がえる。つまり、事件の被害者、加害者ともに平均年齢は60歳を超える老老介護が中心であり、介護疲れの延長としての殺人事件が年々増加傾向にある。また判決は、執行猶予付きが多く、寛大に扱われる傾向がある。
    さらに、上記資料によると、介護保険施行前よりも施行後のほうが事件数が増加しているという結果が示されている。
 9 財団法人医療経済研究機構による全国調査
全国1万6802ヶ所の機関調査においては、個票による37の質問項目に回答する方式が採用され、有効回収できた6698機関から4877人分の個票が回収されている。
以下の概要は、そのうち有効回収数と回収率の高かった「居宅介護事業所」「在宅介護支援センター」からの回答であって、回答者が虐待を受けている高齢者のケアマネージャーであるケースをもとに分析している。
(1)機関調査における結果の概要
  • 虐待を受けている高齢者本人の状況
  1. 年齢、性別
    平均年齢81.6歳。「75歳以上85歳未満」が43.3%と最も多く、 75歳以上が80%を超える。性別は、男性23.6%、女性76.2%。
  2. 要介護度
    担当ケアマネージャーからの回答では「要介護3以上」が51.4%、「自 立」は0.4%。
  3. 痴呆老人の日常生活自立度
    「?以上」が57.8%。2の結果ともあわせ、介護度の高い人が虐待を受けやすい傾向にある。
  4. 世帯の経済状況
    「余裕がある(19.1%)」「生活に困らない程度(46.9%)」となっ ており、虐待を受ける可能性は本人の経済状態とは必ずしも相関していない。
  • 主な虐待者の状況
  1. 高齢者本人との続柄
    「息子」32.1%、「配偶者」20.3%(「夫」11.8%、「妻」8.  5%)、「息子の配偶者(嫁)」20.6%、「娘」16.3%。
    90年代のはじめの頃の調査では、同居の嫁がトップを占めるものが多かっ たが、介護者や同居者が男性に多くなっている傾向を示すものと思われる。
  2. 主な虐待者の年齢、性別
    「40代〜おおむね64歳程度」が64.4%、「おおむね65歳以上」が  27.7%。性別は「男性」49.9%、「女性」49.8%。
  3. 同居・別居の状況、日常の接触時間
    同居が88.6%。接触時間は、「日中も含め常時」51.5%、「日中以 外は常時」27.5%となっている。
  4. 介護への取り組み、介護協力者等の有無
    「主たる介護者として介護を行っていた」が60.6%、うち「介護に協力してくれる者がいた」が39.0%、「相談相手はいるが実際の介護に協力する者はいなかった」が38.6%、「介護に協力する者も相談する相手もいなかった」は17.7%であった、となっており、介護の協力者の有無は無視できない。
  • 虐待の状況
  1. 虐待の内容
    担当ケアマネージャーからの回答では、「心理的虐待」が63.6%で最も多い。次いで「介護・世話の放棄・放任」52.4%、「身体的虐待」が50.0%となっている。「経済的虐待」は22.4%。「心理的虐待」が増える傾向にある。
  2. 虐待の深刻度
    「心身の健康に悪影響がある状態」が51.4%、「意思が無視・軽視され ている状態が30.8%」、「生命に関わる危険な状態」が10.9%であっ た。
  3. 虐待についての自覚
    a)高齢者本人の自覚としては、「自覚がある」が45.2%、「自覚はない」  が29.8%出会った。
    b)虐待者の自覚については、「自覚がある」は24.7%、「自覚はない」  が54.1%であった。
  4. 高齢者からの虐待についての意思表示
    「話す、または何らかのサインがある」49.3%
    「隠そうとする」12.1%
    「何の反応もしない」30.2%
  5. 虐待発生の要因と考えられること
    「虐待をしている人の性格や人格」50.1%
    「高齢者本人と虐待をしている人のこれまでの人間関係」48.0%
    「高齢者本人の性格や人格」38.5%
    「虐待者の介護疲れ」37.2%
    「高齢者本人の痴呆による言動の混乱」37.0%
    「高齢者本人の身体的自立度の低さ」30.4%
    「高齢者本人の排泄介助の困難さ」25.4%
    「配偶者や家族・親族の無関心」25.1%
    「経済的困窮」22.4%
  • 関係機関の関わり
  1. 虐待の発見、気づきの状況
    担当ケアマネージャーからの回答としては、
    「記入者自身による気づき」27.8%
    「記入者以外の機関職員の気づき・連絡」19.2%
    「高齢者本人からの申告」15.6%
    「他機関からの情報連携」10.3%
  2. 現在の対応状況
    「現在改善に向けて取り組んでいる」51.8%
    「問題にしている虐待行為が見られなくなった」22.0%
    「現在のところ改善に向けた取り組みは行われていない」14.9%
    「虐待行為継続のまま死亡」6.1%
  3. 問題解決のためのサービス利用状況
    a)解決のための入院・施設入所等のサービス利用状況
    「特に入院、入所サービスは利用しなかった」26.3%
    「病院に入院した」14.6%
    「入所・入院の手続中」12.9%
    「老人保健施設に入所した」8.0%
    「特養ホームに措置以外で入所した」5.6%
    「措置で特養ホームまたは養護老人ホームに入所した」1.9%
    b)解決のために新規・増加させた在宅介護サービス
    「短期入所者生活介護」31.8%
    「訪問介護」29.8%
    「ケアマネまたは在宅介護支援センター職員の訪問回数を増やした」29.0%
    「通所介護」28.2%
    c)地域福祉権利擁護事業、成年後見制度の利用状況
    「いずれも利用していない」89.7%
    「地域福祉権利擁護事業を利用ないし相談した」5.0%
    「成年後見制度を利用ないし相談した」2.5%
  4. 問題解決のために行った虐待者への働きかけ
    「介護負担軽減のため介護サービスの利用を勧めた」63.5%
    「虐待者の気持ちの理解に努めた」58.4%
    「相談に十分のった」41.0%
    「(一時的な)分離を勧めた」29.4%
  5. 対応の困難さ、援助上困難であった点
    「きわめて対応に苦慮した」45.0%、
    「多少の難しさは感じた」43.0%、
    「特に難しさは感じなかった」9.3%
    援助上困難な点については、
    「虐待をしている人が介入を拒む」38.2%
    「どのように係わればよいか技術的に難しかった」33.6%
    「立場上難しかった」30.3%
    「経済的理由でサービス利用を増やすのが困難だった」26.8%
    「緊急避難的な機関や施設がなかった」15.2%
    「高齢者本人が介入を拒む」14.5%
    「主導的に係わる人が分からなかった」13.4%
    「虐待対応専門スタッフがいなかった」12.5%
    「関連機関との連携が難しかった」9.5%
    「その他の家族が介入を拒む」9.0%
    「援助するためのサービスが不足」4.6%
(2)自治体調査の結果概要
自治体調査における有効回収率は80.1%(2589ヶ所)に及び、過去1年間に高齢者虐待を原因として持ち込まれた相談件数は6062人であった。老人福祉法10条の4第1項等の「やむを得ない措置」について、「高齢者虐待を理由」として特別養護老人ホームへの入所措置は97件であり、短期入所者生活介護については88件、痴呆対応型共同生活介護については8件となっており、いずれも極めて少ない。
また高齢者虐待への対応としての市区町村における独自の取り組みとして、2589ヶ所中、「相談窓口の設置」が155ヶ所(6.0%)、「緊急対応ショートステイ」が80ヶ所(3.1%)となっている。
さらに高齢者虐待対応のための専門チームのある市区町村は71ヶ所(2.7%)であった。専門チームのメンバーとしては、「在宅介護支援センター」「民生委員」「自治体の高齢者担当部局」「居宅介護支援事業者」「自治体の保健福祉部局」などであった。
第3 アメリカとドイツにおける対策の実情
 以上のような、わが国における高齢者虐待の実態と特徴をふまえたうえで、そのための適切かつ効果的な方策を検討することになるが、その前に外国における高齢者虐待の状況と対策について概観する。
 諸外国において、高齢者虐待に対する対策は均一ではない。それぞれの国における高齢者福祉発展の歴史、理念、制度の違いによって様々である。そこで、この問題について先進的な取り組みを進めているアメリカの状況とわが国に一歩先駆けて介護保険制度を導入したドイツの対策の実情を見ていくことにする。
1 アメリカ
(1)高齢者虐待の実情
  • 被虐待者数
    これまでにアメリカでは、高齢者虐待の発生件数を科学的な方法で推定しようとする試みが2回なされてきた。一回目は1986年の調査であり、70万1000人〜109万3560人の高齢者が毎年何らかの虐待を受けているという衝撃的な事実が判明し、二回目の1998年の調査では、31万4995人〜78万7027人の高齢者が虐待の被害者になっているという結果が出ている。
    また、連邦政府によって創立された全米高齢者虐待問題研究所が、州の通報データをもとに計算したところ、1998年の虐待通報件数は29万3000人であったとしている。しかし、虐待研究者の間では、高齢者虐待は最も通報されにくい家庭内暴力であって実際に通報された件数は氷山の一角であるとしており、実際には、判明した数の少なくとも10倍はいると指摘されている。
  • 虐待の内容、被害者・加害者の関係と割合
    虐待の内容としては、通報された件数のうち「世話の放任」が約45%をしめており、「身体的虐待」は20%で二番目に多く、「金銭的/物質的な搾取」は全体の約17%で三番目に多かったとされている。
    また被害者の約3分の2は女性であり、平均年齢は78歳である。加害者は、子どもが約32%を占めており、配偶者が約15%、親戚が13%であった
(2)対策
  • 連邦レベル〜連邦高齢者法(The Older American Act Of 1965 ― OAA)
    OAA第7条(1992年制定)に定められた3つのプログラム
    アメリカにおける高齢者人権擁護活動の法的根拠となっている。
    (ア)長期ケアオンブズマン・プログラム
    長期ケア施設入所者のアドボカシーであり、具体的には、長期ケア施設のサービスに関する苦情、不満通報と対策を目的としている。
    (イ)高齢者虐待、放任、搾取防止プログラム
    OAA第7条の1(1992年改正時に第7条に追加)
    「州や地域の高齢者サービス機関を通して、高齢者の虐待、世話の放任、または金銭的/物質的搾取を防止すること」を目的としている。州が高齢者の虐待防止プログラムを開発・強化する過程を支援することを目的としている。
    (ウ)高齢者人権および法的援助開発プログラム
    OAA第3条に定める高齢者の「自立の維持サポート」
    アクセスサービス(情報提供サービスの紹介、アウトリーチ、ケースマネジメント、エスコート、運搬移動サービス等)
    在宅サービス(家事援助等)
    地域サービス(オンブズマン、虐待予防および治療、介入、法律問題援助等)
  • 州レベル
    成人保護サービス法(APS)に基づくプログラム
    1960年代にアメリカのほとんどの州で設けられた「児童保護サービス法」をモデルにしており、1973年ノースキャロライナ州で初めて制定され、現在44州で制定施行されている。「高齢者虐待防止法」などの特別法を制定している州もある。
  • APS法の目的
    「障害のある成人と高齢者の虐待防止と虐待通報および虐待発生の確認のための調査システムの開発と運営」を目的とする。
    APS法は「家庭内虐待」と「施設内虐待」両方をカバーするものが多い。
    ほとんどの州の法律が、「通報者」「通報すべき虐待」「通報受理機関」「通報の方法とタイミング」「通報者や調査官の罰の免除」「虐待容疑ケースの調査方法」「緊急避難サービス」「秘密保持に関する条件」などを規定している。ほとんどの州は、施設内高齢者虐待については専門職などに「通報を義務化」しているが、家庭内高齢者虐待については通報を専門職の任意に任せている州もある。
  • その他の法律を用いてのサービス
    「連邦ソーシャルサービス包括補助金法」(連邦社会保障法第20条)による虐待被害者や家族に対するサービスを提供している。
(3)アメリカに学ぶべき制度
  • ネットワーク
    OAAが支える(I"全米高齢者サービスネットワーク
    様々なNGOやNPO組織が全米高齢者サービスネットワーク(NASN)の中にあって相互に連携をとっている。アメリカでは1981年に高齢者虐待で予防、防止に向けた公的補助金による保護機関が設けられたOAAにより公的福祉機関、大学等などの参画により、全国老人虐待センターが全国ネットで高齢者の人権擁護と虐待防止活動を行っている
  • 通報制度
    通報制度が制定されている全米で1991年に通報された家庭老人虐待は総数22万7、000件、これも氷山の一角とされるほとんどの州の法定では虐待の疑いがあるとの訴えをした者の身元は秘密にし成人保護サービス機関、執行機関に対して(I$または弁護士や裁判所の命令によってのみ公開されるものとしている。
    また、守秘義務違反について軽犯罪として位置づけられている。通報者は民法上または刑法上の責務を持たないことが明示されている。
    全米50州のうち(I$カリフォルニア州に次ぐ第2位の人口を占めるテキサス州では(I$虐待を通報する電話が絶え間なくかかってくるという。
    通報者は隣家の住民のみならず福祉関係者、医師等多様。通報のうち7割が実際に虐待を確認されているという。
  • 緊急保護命令(Emergency Order For Protective Services)
    各州における成人保護サービス(APS)を拒否するクライアントに対して、APS機関は裁判所に対し、緊急保護命令を申請することができる。申請条件は緊急の危険におかれていることを証明し、その健康状態の診断書を添付する必要がある。
    このように、第三者機関においても手続できる制度が日本においても是非必要である。
    なお、アメリカで緊急の場合、Exparte申請で、直ちに保護命令が出るが、裁判所はクライアント側の弁護士を選任することがあるが、その弁護士はクライアントの利益を代表する立場に立つ。APS機関は先づ、クライアントの説得に務めるが、効果がないときは警察官の同行を求める。それでも効果がないとき、緊急保護命令を申請することになる。
    週末、祭日等、裁判所が休みであった場合は、APS機関が48時間内または72時間内に限って、緊急保護命令を行使できる州が多い。
    APS機関による申請は、判断力が限定された成年後見人に限られ、また他に権利擁護者が無いクライアント等に実行されるが、それによる緊急保護命令は、発効後72時間(テキサス州)で効力を失い、その後はAPS機関はクライアント側の弁護士又は成年後見人が申請したり、あるいは家族にクライアントの引取りの依頼や施設入所の措置をとることもあるという。
  • 総合的な権利擁護システム
    アメリカの全州に成人保護サービス機関(Adult Protective Service Agencies)、または成人保護サービスを提供する、あるいは調整するプログラムが存在する。そこまでのケースマネジメント・ホームヘルプのようなサービスのほか、権利擁護や裁判等に関する援助等の法的サービスや危機介入の手助けが用意されている。
(4)わが国においてとるべき措置
 アメリカにおいても、特に連邦予算が少ない(例えば、虐待防止プログラムには年間約400万ドル程度、これはテキサス州の成人保護サービスプログラムの年間予算の8分の1程度)という問題があるが、上述のような特筆すべき優れた点があり、わが国においても早急に講じられるべきである。
先ず何より通報により虐待を早期に発見し、現場の職員が適切に介入し、かつ積極的に動く為の法制度の整備、充実が不可欠である。次いで関係機関が連携して対応するネットワークづくりが不可欠である。
現在の状況では、ケアマネジャーやヘルパーは相談する場所もなく一人では解決困難な問題をかかえて苦しんでいる。家庭にも介入できないし、権限もない実状を打開するには法律がなければならない。高齢者虐待防止法が制定されれば、制度として予算も人員も整備されることとなり、早急な法整備が必要である。多々良教授は「法がなければ、予算も人も制度もついてこない。日本でも先ず高齢者虐待防止法を制定して、積極的に取り組むべきだ」と提言している。
 2 ドイツ
(1)要介護高齢者と介護者の概況
  • 要介護高齢者の状況
    ドイツの総人口は1996年で約8201万人、そのうち65歳以上の占める割合は15.7%、総人口に占める要介護者数の割合は約2%である。現在、要介護の危険率は、60歳未満では約0.5%、60歳以上80歳未満では約4%、そして80歳以上では約32%となっている。ドイツで高齢化率14%に達したのは1970年代であった。今後、65歳以上の人口は2025年で全人口の21.8%に達すると予想されている。1997年の統計では65歳以上の38.0%に当たる約340万人が一人暮らしであり、一人暮らしの高齢者の割合は増加傾向にある。1991年の全国調査で、在宅で何らかの介護が必要な高齢者が約79万人(日本84万人、厚生省資料1993年)であり、そのほか、施設に入所している要介護者は43万人と推定されている。
  • 介護者の状況
    在宅の要介護者の8割に介護者がおり、主な介護者の6割が家族で、2割が別居の家族である。介護者の8割が女性で、娘26%、配偶者24%、嫁9%(1996年)である。因みに、日本では介護者の3割が嫁であるのに比べて、ドイツは嫁の割合が少ないのが特徴的である。
(2)介護保険制度の概要
 1994年4月に成立したドイツの介護保険は、保険給付の提供責任を負う保険者が法定疾病保険の保険者である8つの疾病金庫にそれぞれ新設される介護金庫であり、医療と介護の保険者が一本化されている。介護保険の被保険者は、疾病保険の被保険者であり、法定疾病保険の強制加入者は、各人が加入している疾病金庫の中に設けられた介護金庫に自動的に強制加入させられる。従って、保険事故である要介護状態の発生が認定されれば、高齢者ばかりでなく、障害児や障害者、難病患者や癌の末期患者も被保険者本人または被扶養家族として、介護保険の給付を受けることができる。
ドイツの介護保険の保険事故である要介護状態は、肉体的・精神的疾病ないし障害のために日常生活を営む上で定期的に援助の必要な状態が6か月以上継続している場合、または6か月以上継続することが予見されうる場合に認められ、介護保険の給付は要介護状態が等級?、?、?のいずれかに相当する場合でなければならない。要介護等級をみると、ドイツの介護保険はかなり重度な要介護者しか保険給付を受けられないことがわかる。
(3)介護保険における質の確保
 ドイツでは介護保険の費用は、疾病金庫から委託を受けているMDK(疾病金庫共同審査機関)を通じて支払われている。MDKは介護保険の要介護認定調査および不服申し立てや介護の質に関する審査を行う機関で、非営利の合資会社である。介護サービスの質の審査は、MDKが施設介護、および在宅介護、介護プロセス、介護結果について審査を行なう。しかし、MDKによる質の審査は、強制力がないため、劣悪な環境にある要介護者を救済することが困難な状況にあった。そこで、2002年1月「介護における質の保証と消費者保護の強化に関する法律」が施行された。
この法律は以下の柱から成り立っている。
   A 介護事業者側の自己管理責任の強化
   B 第三者評価の義務付け
   C 介護金庫・MDKとホーム監督局との協働
   D 消費者としての要介護者の保護
(4)高齢者の人権擁護と虐待防止の活動
  • 世話法の制定・施行
    ドイツには人権を守る法律として世話法があるが、この法律は1992年1月に施行された。世話法によれば、成年者(18歳以上)が精神病または身体障害、知的障害、もしくは精神障害のために自分自身のことについて全部または一部を処理できない時に世話人が選任されること、選任された世話人は職務範囲において被世話人の疾病もしくは障害を除去し、改善し、その悪化を防止し、またはその結果を軽減するよう寄与することを規定している。
  • 世話人の職務
    世話人による過度の干渉を防ぐために、世話法で職務範囲が規定されており、世話人は本人の申立てもしくは裁判所の職権に基づいて開始される。家族、友人、医師などは、世話開始の提案を裁判所に行なうことができるにすぎない。
  • 世話法の原則
    世話法には2つの原則がある。1つは障害者が能力を奪われることなく「自己決定」できることであり、もう1つは本人が必要とする事柄だけを本人の相談のうえで手助けする「必要性の原則」である。
  • 裁判所の役割
    この制度では裁判所の役割りが大きく、障害者や高齢者の人権を守るために裁判官が介入し、例えば施設の入所にはかならず世話人の許可が必要とされ、世話人を選任する際にも、必ず高齢者の意見を聞かなければならないと定めている。裁判官は本人のところまで出かけていって、世話人として適当かどうかの判断も行なっている。世話法は18歳以上を対象としており、生命の危険を伴う医療処置、不妊手術、強制収容、住居の明け渡し等、本人の人権に関わる場合には、裁判所の許可を義務付けている。
  • 通報義務制度の不存在
    ところで、ドイツではアメリカのような虐待における通報の義務や罰則はない。誰かが通報した場合は、誰が通報したかを本人に伝えなければならないことになっており、医師や在宅サービス職員がたとえ虐待に関する情報をもっていても、自分の職場を失うことを危惧して通報しないのが現状である。さらに、通報した人は裁判になった時に証人として法廷に立たなくてはならないこともあり、虐待に対する通報を義務化することは難しいので、意図的に義務化されていない。
  • MDKの役割
    ドイツでは被介護人の人権を守る義務は、第三者機関であるMDKが負っている。MDKの職員が在宅や施設療養している場に訪問して、介護状況のチェックを実施しているが、多くは事前に訪問を約束してから実施しており、有効とは言い難い状況である。
  • 拘束の制約
    施設における身体拘束について、建物等に柵や鍵をつける場合は、裁判所の許可が必要である。夜間、拘束する必要がある場合、例えば骨折して離床を禁じられている場合や、何週間も徘徊して休ませる必要がある場合等には、上記裁判所の許可を事前に取りつけなければならない。また、直接の拘束については、簡易裁判所の監査を受ける必要がある。部屋の出入り口の鍵を閉めることについても後見人の許可が必要である。拘束が必要となったはとに対して、施設側から裁判所に対し、神経科医の診断書と拘束の必要性についての書類を提出しなければならない。
 (5)結  論
 ドイツの高齢者対策については、介護保険制度を基盤とした在宅・施設サービス体制が整備されており、同様に痴呆性高齢者や障害者の人権に対する対策や、かなり手厚いサービス体制がとられている。しかし、虐待防止の対象としては十分でないこと、そして在宅や施設での虐待を防止するためには、人権を保護する法律の整備と平行して虐待防止に関する専門職や世話人の教育、通報などを受ける窓口の設置、弁護士等による介護現場への介入などの多くの問題と取組む必要性を抱えていると云える。
これを日本と比べると、平成12年から成年後見人制度がスタートしたものの、いまだ利用件数が少なく、ドイツの世話法による援助にはるかに及ばないことと、裁判所の機能をみてもドイツのように積極的に介入して障害者や高齢者の人権を守ることは予定されていない。また、第三者機関のチェックと云う面も日本はまだまだ不充分と云わざるを得ない。
第4 虐待防止のための方策
1 はじめに
 以上のような高齢者虐待の実態と外国における対策の実情を踏まえ、この項においては、わが国における高齢者虐待にいかに対処すべきかを述べることになるが、まず対策を検討するうえで留意すべきいくつかの事項について述べる。
 
  1. 高齢者虐待の特徴を踏まえた対策の必要性
    虐待の被害者となる高齢者は、認識力、判断力、表現力、行動力などの不十分な者が多い。虐待を受けていてもそれを虐待と認識できない、認識できても訴える力が弱い、訴える方法がわからない、お世話になっているという遠慮があったり、仕返しが怖くて訴えられないということも多い。したがって、虐待防止のための方策を検討する場合には、このような虐待を受ける高齢者の置かれた状況を前提として、現行制度を積極的に活用したり、より実効性のあるものに改善してゆくべきである。また、新しい制度を構築する場合には、真に実効性のある制度となるよう慎重な検討が加えられるべきである。
  2. 介護者の支援の必要性
    第1の「高齢者虐待とは何か」や第2の「実態調査と分析の概要」においても指摘したように、まず介護者が介護疲れの果てに虐待に及ぶ事例が少なくない実情を踏まえる必要がある。すなわち、高齢者虐待からいかに高齢者を守るかという視点とともに、そもそも介護者をサポートする体制を具体的に整えていくことが虐待を予防する上で必要不可欠である。精神的なストレスに対しては介護者に対するカウンセリングの充実等のサポートが必要であるし、肉体的な負担に対してはデイサービスやショートステイ等の福祉サービスを適切に取り入れて負担軽減を図ることを適切にアドバイスして実現できるように環境を整えていく体制が整えられることが必要である。「呆け老人をかかえる家族の会」は以前から、同様の視点から活動を続けており、介護者の精神的サポートという点で重要な役割を果たしている。しかし行政やその他の取り組みは必ずしも十分ではない。介護者を支援して虐待予備軍を作り出さないという視点が忘れられてはならない。
  3. 情報提供の必要性
    また、在宅における放置・放任の事例の中には、介護すべき立場にいる家族が介護に関して十分な知識を有していないがために適切な福祉サービスを受けさせることができず、結果として放置に至るケースのあることが明らかになっている。
    家族に対して介護保険や介護保険上のサービスに関する情報を十分に伝え、介護サービスにつなげていく活動も重要である。また福祉サービスを使うことによって家庭の中に第三者が入っていくことは、虐待を未然に防止し、あるいは潜在化しがちな在宅における高齢者虐待を顕在化させていくことにもつながる。
  4. 方策における「自己決定の尊重」と「虐待への介入」のバランス
    さらに、未成年者と異なり高齢者は、成年後見等の審判を受けていない限り、一般的に自ら判断して行動できる存在とみなされる。そのため、「自己決定の尊重」と「虐待への介入」という二つの重要な問題のバランスをいかに図るかという難しい問題が発生する。典型的には高齢者が介入を拒否した場合にどのように対応すべきかという場面で現れる問題である。
    しかし、介入を拒否する「自己決定」が果たして「真意に基づく自己決定」であると言いうるかは疑問であり、「自己決定」を尊重するという名目で虐待を放置することがあってはならない。時に虐待者は、被虐待者をして介入を拒絶するような発言をさせて第三者による介入を拒もうとすることがある。そのような場合に、関わってもらわなくていいという本人の発言を安易に受け入れて、放置することは許されない。特に生命・身体の安全を確保するために必要な場合には、積極的な介入が求められるからである。
 2 在宅
(1)在宅高齢者における虐待の特徴
高齢者の大部分は在宅であり、在宅高齢者は自宅という閉ざされた空間の中で家族と同居していて、その家族から虐待を受ける。虐待する側には長年にわたる家族の中での人間関係のもつれや人権意識の希薄さや虐待に対する自覚のなさや経済的困難や介護負担によるストレス等様々な要因が重なっている。他方、虐待される側には後期高齢者の割合が高く寝たきりとか痴呆の割合が高く、自ら虐待を訴える手段・能力にかける場合が多いばかりか、見放されたら困る・怖い・家を離れたくない・世間体がある等の理由で高齢者自身で虐待を隠すこともある。このような在宅高齢者における虐待の特徴からすると家族外からの介入が不可欠であり、家族以外の者のアセスメントとマネージメントが大切となる。そして在宅高齢者虐待は長年月に亘り隠微な形で継続され深刻化してゆくという特徴をもっているので早期発見が何より大切である。
(2)早期発見の手だて
虐待防止は早期発見がまず第一であり、その情報からケースに応じた様々な社会的資源を活用した支援策がとられる。在宅高齢者に接し虐待を発見する機会があり、通報を期待できる人々には以下の人々がいる。これらの人々を虐待防止ネットワークに組み込んでゆく必要がある。虐待の要因が重畳的である以上それを取り除く方策や関係機関も一つでは足りないのは自明のことである。
  • 介護保険を利用している在宅高齢者に接する専門職には次の人々がいる。
    ア 訪問介護を担当する介護福祉士やホームヘルパー
    イ 訪問入浴介護を担当する看護職員と介護職員
    ウ 訪問看護を担当する看護師と理学療法士・作業療法士
    エ 訪問リハビリテーションを担当する理学療法士・作業療法士
    オ 居宅療養管理指導を担当する医師・歯科医師・薬剤師・管理栄養士等通所介護(デイサービス)を担当する施設職員
    カ 通所リハビリテーション(デイケア)を担当する施設職員
    キ 短期入所生活介護(ショ−トステイ)を担当する施設職員
    ク 短期入所療養看護(ショートステイ)を担当する施設職員
    ケ 痴呆対応型共同生活介護(グループホーム)を担当する施設職員
    コ 特定施設入所者生活介護(有料老人ホーム・ケアハウス)を担当する施設職員
    サ 居宅介護支援を担当する介護支援専門員(ケアマネージャー)
ところが現行法上これらの人々には虐待事例を通報する義務はない。逆に医師 が業務上知り得た人の秘密を漏らしたときには秘密漏示罪で処罰され(刑法134条)、老人の福祉に関する情報の提供を行い、必要な調査指導を行う市町村の福祉事務所所属公務員には守秘義務を負わされている(地方公務員法34条・罰則あり)。それぞれの所属機関組織に属する者には個人情報を保護する責任もある。
なお、「公益通報者保護法案」は、平成16年6月14日参議院において可決成立し、同年6月18日公布された(以下、「通報者保護法」という)が、この法律は通報者に対する解雇制限など文字どおり通報者保護の制度であり、被虐待者を保護するため虐待の事実を発見した者に対し、通告ないし通報を義務づけることを目的としていない。また、この制度は後述のような多くの問題点を抱えており、在宅高齢者に関する虐待通報制度は、むしろこれとは別の、児童虐待防止法やDV法に準拠した法制化が必要であろう。
  • 高齢者に接するその他の人々
    ア 親族・近所の人・ボランティア   
    イ 民生委員(民生委員は民生委員法14条により常に調査活動を行う)
    ウ 市町村・福祉事務所・老人介護介護支援センターの各担当者(これらの人々は老人福祉法5条の4・5条の5・6条の2により老人の福祉に関する実情把握をし情報の提供をする)
    エ 社会福祉協議会運営適正化委員会担当者(社会福祉法83条により福祉サービスに関する苦情解決にあたる)
    オ 弁護士・社会福祉士・司法書士(これら専門職も福祉に関する相談に関与するがそれぞれ守秘義務が定められている。弁護士法23条・司法書士法24条 ・社会福祉士及び介護福祉法46条)これらの人々にも虐待事例の通報義務はない。逆に専門職に課せられた守秘義務規定は虐待に対する横断的な対処に対する障壁ともなる。
  • DVや児童虐待の場合の発見通報・通告制度
    ところが配偶者からの暴力防止を目的とするDV法(6条)では、医師・医療関係者等の発見者は配偶者暴力相談支援センター(婦人相談所など)・警察官へ通報できるとしており、その他の発見者には通報の努力義務を課している。
    また児童の虐待防止を定める児童虐待防止法(6条)は虐待を受けた児童を発見した者は速やかに福祉事務所ないし児童相談所に通告しなければならないと規定している。ればならない。
(3)虐待を発見したあとの対処方策の例
  虐待の態様には前記の通り介護放棄・身体的虐待・心理的虐待・経済的虐待など様々のものがある。また具体的ケースにはそれぞれの特徴があり、対処方策はそれらに応じて多様な手段を組み合わせてゆく必要がある。
ここでは虐待に対する対処方策の多様性にふれ、今後の法整備の方向性を探ることとする。ここで注意すべきことは虐待防止のための方策としては現在の制度を利用すれば可能なものも沢山あり、それらの活用も期待されると言うことである。
●身体的虐待に対して
身体的虐待に対する対処方策としては治療・高齢者の緊急避難・介護者の介護の負担の軽減・虐待者に対する教育・介護担当者の変更(扶養義務者の変更・後見人選任解任)・刑事告発・配偶者暴力防止法の活用・人身保護法の活用等があげられる。
  1. 治療
    虐待で怪我をした高齢者にはまず治療が必要であるが、医師等は医療にあたっては適正な説明を行い、医療を受ける者の理解を得るよう努めなければならない(医療法1条の4第2項)とされている。
    本人に医療に関する申し出する意思能力がない場合、実際上は家族の依頼によっている。しかし在宅での虐待事例の場合家族自身が虐待者であることが多く、その場合誰が治療に関する判断をしうるのか問題である。 但し、成年後見人にも侵襲的医療に対する同意権はないとされている。
  2. 緊急避難
    老人福祉法11条による養護老人ホーム・特別養護老人ホームへの措置入所、同法10条の4による短期入所施設やグループホームへの措置入所等によって高齢者を緊急に虐待者から隔離することが考えられる。虐待は同法10条の4・11条に言う「やむを得ない事由」にあたる(昭和62、1、31厚生省社会局長通知・老人ホームへの入所措置等の指針について)。生活保護法25条による保護施設への職権入所も急迫した事態に対応するものである。
  3. 介護の負担軽減
    介護保険法や生活保護法による給付を受けさせる事で虐待者の介護の負担を軽減し、虐待の動機を無くしてゆく事も虐待防止に役立つ。
  4. 介護者の変更
    扶養義務者が虐待者である場合、民法880条により扶養者や扶養の方法を 変更し、家事審判法15条の3による扶養義務者の変更等の審判前の保全処分 で緊急事態を乗り越えることも一策である。民法7条・843条による成年後見人の選任、同法846条による成年後見 人解任。老人福祉法32条に基づく市町村申立のよる後見人選任。これらによ る後見人の選任交替は介護する虐待者の手から高齢者を取り戻す手段となる。
  5. 告発
    刑事訴訟法239条による犯罪事実の告発は何人も可能である。身体的虐待の場合傷害罪等にあたろう。
  6. 配偶者暴力防止法の活用
    裁判所の保護命令(虐待する配偶者に対する接近禁止・退去命令)も活用できる。
  7. 人身保護命令
    虐待者が高齢者の身体の自由を拘束しているときには人身保護命令判決ないし仮釈放決定も活用できる。
●介護放棄による虐待に対して
 介護放棄による虐待に対しては、ケアプランの変更、措置入所・保護入所・介護担当者への教育・介護者の変更・告発等が対処方策として考えられる。
  1. ケアプランの変更
    在宅介護から施設介護へのケアプランの変更により、虐待者から高齢者を隔離したり介護者の負担軽減が出来る。
  2. 告発
    介護放棄は保護者責任者不保護罪(刑法218条後段)にあたろう。
●経済的虐待に対して
 経済的虐待に対しては、使い込みをする介護担当者の変更(扶養者の変更・後見人の選任解任など)、地域福祉権利擁護事業による財産管理・告発・損害賠償請求等が対処方策として考えられる。介護担当者の変更は虐待者から高齢者の財産を切り離すのに有効である。
  1. 地域福祉権利擁護事業による財産管理
    これは社会福祉協議会による年金等の日常的金銭管理、預貯金通帳や権利書 実印などの書類等を預かるサービスをさし、これも虐待者から財産を分離する のに役立つ。
  2. 告発
    経済的虐待は横領罪等にあたろう(但し、横領した者が、被害者の配偶者、 直系血族又は同居の親族の場合は、その刑は免除される。刑法255条、24 4条)
  3. 損害賠償請求
    虐待者による使い込みに対する不法行為責任の追及方法として活用できる。
(4)発見から具体的対処に至るための措置をめぐる問題点
  • ネットワーク の構築とコーディネーターの必要性
    前記の通り高齢者虐待事例に接し情報を持つ人々は多種多様であり、虐待を防ぐための対処方策もケースにより様々であり、いくつもの方策を組み合わせてゆく必要もある。しかも虐待防止は急を要することが少なくない。そうすると発見者や対処方策を執るべき多種多様な関係機関・関係者が情報を交換し連携をとり、一つだけでなく重層的に対処方策を急いで執ってゆく必要がある。そのためにはネットワークが恒常的に又臨機応変に構築されなければならない。
    ネットワークの恒常的な核を何処が担うべきであろうか。現行法上市町村(福祉事務所)が老人の福祉に関する実情把握・情報提供・調査及び指導・それに付随する業務を行う事になっており(社会福祉法14条。老人福祉法5条の4、5条の5)、専門的知識を要するものについては老人介護支援センターが担当することになっている(老人福祉法6条の2)。高齢者の最も近くに位置し、福祉専門職である社会福祉主事が置かれる市町村の福祉事務所(社会福祉法14条・18条19条)はネットワークのコーディネーターにふさわしいと言えるが、対処方策の中には民法や刑法と言った法律を用いた法的対処を欠かせないのでその分野の専門家の支援も必要である。総合的相談支援機関の構想は現行法制度を一歩進めるものである。
    高齢者福祉・虐待に関係する全ての人々を網羅するネットワークは市町村の地域福祉計画(社会福祉法107条)へ組み込んでおく必要がある。
    市町村の虐待防止ネットワークシステムを立ちあげた例として神奈川県大和保健福祉事務所管内の例がある。
  • 通報義務制度と立ち入り調査
    前記の通り、高齢者虐待に固有の法律が制定されていないため、虐待事例に接した関係者に対して通報を義務づける一般的規定は存在しない。しかし、高齢者虐待についても児童虐待防止法6条のごとく虐待発見者に通報を義務づけることが不可欠である(本年の改正により、発見の対象が「虐待を受けた児童」から「虐待を受けたと思われる児童」に拡げられている)。そして通報受理機関は通報を受けた情報のスクリーニング・調査をし、ネットワークを構成する他機関へ紹介し、そこと協力する(アメリカの成人保護サービス法)。通報受理機関には立ち入り調査等の権限が与えられなければならない。通報受理機関としては前記のネットワークのコーディネーター担当の機関がふさわしい。
    そして通報が有効に行われるために義務化の他、守秘義務の免除・緊急避難による違法性阻却を定め通報に対する障壁を除去する必要がある。児童虐待防止法・DV法では通報は守秘義務違反とならないとしている。
    また通報受理後のアセスメントのための立ち入り調査権は不可欠であるが、任意的協力を得られない場合の強制力行使には刑事手続き以外ではプライバシー保護との兼ね合いから家庭裁判所の関与が不可欠である。
  • シェルターの確保
    被虐待者の緊急避難のためには養護老人ホーム・特別養護老人ホーム・グループホーム・短期入所施設等の避難場所の確保が不可欠である。これらの諸施設は老人保健福祉計画・介護保険事業計画の充実によって具体化される。しかし社会福祉法人が空き部屋を安定的に確保しておくことは容易ではない。
  • 虐待される側のエンパワーメント
    被虐待者が様々な虐待防止策を選択し活用するためには被虐待者に対するエンパワーメントが不可欠であり、成年後見人の選任拡大・市町村申立による成年後見人選任(老人福祉法32条)の活性化・市町村の成年後見人支援事業の拡張はこれに資するものである。しかし現在の成年後見人選任状況・市町村の申立状況・支援事業の状況には甚だ淋しいものである。
  • 家庭裁判所の機能強化・活性化
    裁判所は後見事務の監督権(民法863条)を持っているが、虐待に関係する身上監護については積極的ではない。監督機能の活性化のためには家庭裁判所調査官に社会福祉士の有資格者を多数採用するなどの措置が必要である。
    刑事手続き以外の強制的立入権の行使は家庭裁判所の許可を条件としつつこれを制度化するべきである。
  • 介護者への支援
    虐待は介護者が無知であったり人間関係が破壊されたり肉体的経済的精神的に追いつめられ疲労し破綻するなどのなかで起きる。そのため虐待防止には介護する人への啓発や支援が必要である。しかし、現行法上、要介護者への支援策はあっても介護者を支援する制度がない。介護者への家族給付とかカウンセリング等の支援体制を確立する必要がある。また、介護者自身の負債の累積など、経済的行き詰まりが背景としてある場合には、債務整理や自己破産など法的支援が有効である。

 

3 施設
(1)施設における高齢者虐待の対策を検討するうえでの「施設」の範囲
 以下で述べる「施設」とは、高齢者に対し、自宅以外で福祉サービスを提供する人的・物的設備を備えた場所または組織体を意味し、老人福祉法、介護保険法に規定するものだけではなく、身体障害者福祉法、知的障害者福祉法、生活保護法等に規定するすべての入所施設及び通所施設を含むものとする。有料老人ホームも、そこで生活する高齢者の生活全般に第三者が関わる状況にあるから「施設」に含めることとする。なお、有料老人ホームの入居者は、ホームを出れば他に行き所のない場合が特に多いことに注意する必要がある。
(2)虐待の予防と早期発見
  • 事業者の自浄作用と公的責任
    施設における虐待は、設営者の経営理念、虐待を受ける高齢者の個性や心身の状況、虐待をする者の個性や心身の状況、両者の人間関係等多様かつ複雑な原因から発生する。近時特別養護老人ホームでの増加が指摘されている利用者による利用者に対する虐待も問題としなければならない。ところで、虐待の被害者となる高齢者は、前記のような状況に置かれているから、被害者自身が周囲の者や外部に相談したり、救済を求めることは期待できず、早期発見は困難である。そして、虐待の予防や早期発見は、本来、外部の制度や第三者に頼らず、施設や事業者の自浄作用や自主的な取り組みによって実現するのが理想である。事業者の自浄作用を強化し、予防・早期発見のための自主的な取り組みを促す方策の一つとして、社会福祉法78条1項による福祉サービスの質の評価制度(自己評価、利用者評価、第三者評価)が活用されるべきである。また、同条項の「その他の措置」として、コンプライアンス・ルールの制定、虐待防止委員会や施設オンブズマンの設置、定期的な事例検討会の開催等が施設内で実行されるよう、国や自治体による積極的な施策が講じられるべきである。
  • 基盤整備の必要性
    社会福祉基礎構造改革によって福祉サービスの供給体制が大きく変わり、介護保険制度、支援費制度によって、措置から契約への流れが定着した。これにともなって、福祉サービスを提供する事業者は、好むと好まざるとに関わらず、市場原理による厳しい競争にさらされ、効率と利潤の追求という福祉サービスの本質とは相容れない目標を掲げざるを得なくなった。事業者が経営効率を高めようとすれば、人件費を中心とする経費削減に走るのは当然である。職員の賃金を低水準におさえたり、正職員を減らしてパート職員や派遣職員を増やすことにもなる。その結果、職員の資質が低下したり、労働環境にゆとりが乏しくなって職員の心身への負荷が高まり、虐待を生む一因ともなりかねない。このような結果を防止するには、職員の待遇改善や研修の強化が不可欠であって、介護報酬の単価の改定を含めたサービス供給基盤の緊急かつ十分な整備が必要である。市場主義をベースとした社会福祉基礎構造改革を進める国や自治体の公的責任は極めて重いと言わなければならない。
(3)現行の救済制度の活用
 高齢者虐待に対する現行の予防・救済制度としては、介護保険法に基づく苦情解決制度、社会福祉法に基づく苦情解決制度、行政監査、福祉オンブズマン等がある。
介護保険法に基づく苦情解決制度
  1. 国保連に対する苦情申立
    介護保険法に基づく苦情解決ないし不服申立制度として、福祉サービスについては国民健康保険団体連合会に対する苦情申立(同法176条1項2号)、要介護認定・保険料等に関する処分については介護保険審査会に対する審査請求(同法183条1項)の方法がある。しかし、介護保険審査会に対する審査請求は虐待の救済とは無関係であるし、国民健康保険団体連合会に対する苦情申立も、前記のような虐待を受ける高齢者の置かれた状況を考えれば、虐待発見の端緒としての機能はさほど期待できないであろう。
  2. 要介護認定の認定調査
    要介護認定の「認定調査票(概況調査)」に、虐待の有無等についての特記事項欄が設けられ、訪問調査時の調査事項の一つとされている。現状ではあまり活用されておらず、虐待について言及された事例は少ないが、調査員に対する研修強化等によっては、在宅のみならず施設における虐待の早期発見の方策ともなりうる。
社会福祉法に基づく苦情解決制度
  1. 事業者による苦情解決の責務
    社会福祉法第82条は、社会福祉事業の経営者による苦情解決について規定している。また、旧厚生省が都道府県知事等に通知した苦情解決の体制や手順に関する「指針」では、施設長、理事長等を苦情解決責任者とし、職員の中から苦情受付担当者を任命し、さらに苦情解決に社会性や客観性を確保するために、中立・公正な立場の者として第三者委員を置くこととしている。
  2. 第三者委員の役割
    第三者委員は、苦情申出人と苦情解決責任者の話し合いへの立会・苦情内容の確認・解決案の調整や助言などの職務を担当することになっている。
    平成13年10月時点における社会福祉施設等調査によれば、第三者委員の設置率は、回答した全国の該当事業者の30パーセントに満たないものであった。平成15年3月時点での宮城県における調査では、回答した事業者の84.5パーセントが設置済みとの結果が出ている。しかしながら、なお相当数の未設置事業者が存在しているばかりでなく、既設置事業者においても、いかなる人物が第三者委員になっているかを見ると、監事、評議員、監査役といった第三者と言うよりは事業者側の役員が就任している例が多く見受けられる。委員数も1名ないし3名しか置いていない事業者が大部分である。このような状況では、はたして第三者委員が第三者委員としての苦情解決の役割を果たしているかは疑問と言わざるを得ない。
    特に、虐待のような深刻なケースでは、組織防衛のため、事業経営者が第三者委員に働きかけて隠蔽を図るといった行動に出る恐れもないとは言えない。
  3. 第三者委員の中立性
    ところで、上記「指針」によれば、第三者委員は、中立性の確保のため、実費弁償を除きできる限り無報酬とすることが望ましいとされているが、他方、第三者委員の設置の形態又は報酬の決定方法により中立性が客観的に確保できる場合には、報酬を出すことは差し支えないともされている。
    したがって、事業経営者は、相当額の報酬を負担してでも、社会福祉士、医師、弁護士、司法書士等外部の第三者を委員に任命する等、第三者委員が本来の機能を発揮しうる体制を積極的に作っていかなければならない。
  4. 運営適正化委員会による苦情解決
    また、社会福祉法第83条は、福祉サービスの利用者等からの苦情解決等を目的として、都道府県社会福祉協議会に運営適正化委員会を置き、利用者等から申出のあった場合には、相談、助言、調査又はあっせんを行うこととしている。運営適正化委員会による苦情解決についても、これまで述べた国民健康保険団体連合会による苦情解決制度、事業者による自主的苦情解決制度と同様に、いかにして虐待を受けている高齢者の声を届かせ得るかが重要かつ困難な課題である。
行政監査及び措置等の行政処分の発動
  1. 社会福祉法に基づく行政監査
    社会福祉法に基づく行政監査は、福祉サービス提供事業者として最低限整備すべき設備、人員、サービスの質などについてなされる(同法56条、70条、71条、72条)。従来、行政監査は主として介護報酬の不正請求など事業者の経理の状況についてなされてきた。しかしながら、今後行政監査は、サービスの質についても、特に虐待のような人権侵害行為が疑われる場合には積極的に実施されるべきである。
    事業者に対する調査・改善命令、役員の解職勧告、施設設置許可の取消、事業の解散命令等の強制的な処分は、他の制度では行い得ない処分であって、高齢者虐待の予防、早期発見、救済のために最も有効に機能しうるからである。
  2. 老人福祉法に基づく知事の権限
    また、上記と同様に、老人福祉法に基づいて都道府県知事が施設設置者に対して行う報告の徴収、施設等への立ち入り、検査(同法18条)、事業の制限、停止(同法18条の2)、事業の停止若しくは廃止、施設設置認可の取消(同法19)等も、高齢者に対する虐待が疑われる場合には、積極的に活用されるべきである。
  3. 老人福祉法11条に基づく措置
    市町村長は、必要に応じて「居宅において(介護等を)受けることが困難な者」を、特別養護老人ホーム等に入所させる措置を採らなければならない(老人福祉法11条1項1号、2号)。すでに特別養護老人ホーム等に入所中の者を別の施設に移すことは可能か。可能と解すべきである。「居宅において(介護等を)受けることが困難な者」とは、現に居宅で生活している者であるか否かを問うべきではない。虐待を受け、生命・身体等の危機に直面している高齢者が存在する以上、その救済のためにあらゆる措置が採られるべきは当然だからである。虐待の事実が発見されたときは、これらの行政権限が適時的確に発動されるよう関係機関に強く働きかける必要がある。
福祉オンブズマン
  1. 様々な形態と役割
    いわゆる福祉オンブズマンといわれるものにも種々のものがあり、一般には、行政設置型、施設単独設置型、地域ネットワーク型、市民運動型等に分類されている。それぞれに存在意義はあり、一定の役割は果たしているが、限界もあり、必ずしも十分に機能しているとは言い難い。行政設置型は、民間の福祉事業が対象にならず、また、首長の付属機関の性格を脱しきれない面がある。施設単独設置型は、当該施設のサービスしか対象にならないし、事業経営者や施設長の諮問機関という一面のあることを否定できない。行政設置型及び施設単独設置型の福祉オンブズマンには、権利擁護の実行力が十分でないという問題点もある。地域ネットワーク型は、活動の対象範囲や財政面に問題があり、市民運動型には、組織の安定性、財政、調査権限に問題がある。
  2. 機能と限界
    福祉オンブズマンには、利用者の声を聞く機能、エンパワーメント的機能、利用者の声を代弁する機能などがあるとされる。これらの機能は、虐待予防のための方策ともなりうるものであるが、強制的な調査権限や介入権限がない点において、発生した虐待事件の救済には不十分と言わざるを得ない。したがって、虐待事件の救済の方策として福祉オンブズマンを考えるとき、前記の行政監査や後記の公益通報制度との連携が不可欠である。
  3. ある虐待事例から
    平成14年に発覚した宮城県内の宅老所での虐待事件においては、宅老所の職員や元職員からの通報を受けて、宮城福祉オンブズネット「エール」、行政、関連団体などが緊密に連携をとり、被虐待者の他施設への移動を実行し、当該宅老所を廃業に追い込んだ。今後は、一定の要件を具備した福祉オンブズマンに、調査権限や介入権限を付与するシステムが検討されるべきである。
(4)新たな制度について

 ●公益通報制度

 被虐待者となる高齢者は、前記のような状況に置かれているから、みずから周囲の者や外部に相談したり、救済を求めることは期待できないことが多い。したがって、施設職員やもと職員、出入り業者等被虐待者の周辺の者の相談や通報をきっかけとして虐待の救済に結びつけるのが現実的であり、有効な方策である。よって、これら一定範囲の者に通報義務ないし通報努力義務を課すとともに(医師、看護師、社会福祉士、介護福祉士等の資格を有する職員については守秘義務との調整が必要である)、通報者が利用しやすく、実効性があり、通報者保護の手厚い公益通報制度が創設されるべきである。特に、高齢者に対する虐待通報制度としては、在宅高齢者、入所高齢者を問わず、一般的な公益通報者保護制度とは別の法制化が必要である。保護されるべき通報者の範囲、通報範囲、通報先等に特別の配慮を必要とするからである。
本年6月の国会で成立した通報者保護法は、通報対象事実、通報先、外部通報の保護要件等について極めて重大な問題があり、従前よりも公益通報者の保護水準を切り下げ、却って公益通報を抑制するおそれがある(平成16年5月25日付日弁連会長声明、同年2月20日付日弁連意見書、平成15年12月20日付日弁連意見書)。
以下個別の論点について述べる。

  1. 適用範囲
    公的部門及び民間部門の双方に適用されるべきである。福祉サービスを提供する事業主体は、従来は公的部門が多かったが、社会福祉基礎構造改革の推進に伴い、民間の事業者の参入が今後ますます増加すると考えられるからである。通報者保護法は、公的部門及び民間部門の双方を一応適用範囲としている。
  2. 通報者
    保護される通報者に、正職員のみならず、パート職員、臨時職員、アルバイト職員を含めるべきは当然として、事業者と現に雇用関係のある者だけに限定すべきではない。なぜなら、通報を決意する者は、退職を決意し、あるいは退職した後通報に至る場合が多いから、退職者を保護の対象から除外すれば、なされるべき通報もなされなくなってしまうからである。また、派遣職員、委託先・取引先及びその職員等も保護されるべき通報者に含めるべきである。これらの者は、施設等における虐待の事実を知る機会が多く、これらの者が保護されないとすれば、派遣元の職場で不利益を受けたり、雪印食品の例にもあったように、通報をした取引先業者が業界から排除され、経営破綻に至るといった致命的な打撃を被ることにもなるから、虐待の事実に接しても、通報を差し控える結果となってしまうからである。
    通報者保護法は、保護対象に派遣職員や取引先の職員も含めているが、委託先・取引先である事業者は含めていない。
  3. 通報対象事実
    高齢者の場合、身体的虐待や性的虐待はもちろんのこと、特に、財産的虐待(財産侵奪)も含めるべきである。被虐待者である高齢者は、前記のような状況に置かれているから、財産的被害に遭いやすい。また、高齢者は年金以外に新たな収入のない者が多く、財産的被害はその後の生活を左右する重大な結果を招来するからである。
    通報者保護法は、限定列挙された法律のうち罰則で担保された規定違反の事実に限定している。
  4. 保護要件・通報先
    誠実性、真実相当性を厳格に要求すべきではない。高齢者の生命や身体の安全にかかわる虐待や今後の生活へ重大な影響を及ぼす財産的侵奪行為が現にあるとの通報がある以上、通報の動機は問うべきでないし、真実相当性を云々している間に取り返しのつかない重大な結果を招来しかねないからである。上記と同様の理由から、内部ルート優先を厳格に求めるべきではない。施設の自主的な解決には限界があるし、外部通報を組織に対する裏切りととらえる考え方は、高齢者虐待の場合とりわけその克服が必要だからである。
    また、外部通報先としては、まず所轄行政機関として社会福祉法14条以下の「福祉に関する事務所」(社会福祉事務所、保健福祉センター)を活用するのが現実的であろう。さらに、公益通報支援センター、国民生活センター、消費生活センター、報道機関、弁護士会等も含められるべきである。
    通報者保護法は、通報先を、事実上、事業者内部または規制行政機関に限定するに等しい内容となっている。公益通報を制限し、通報者を萎縮させる結果を将来するおそれが極めて高いと言わざるを得ない。
  5. 保護内容
    公益通報者に対する解雇、降格、異動、減給等の不利益な取り扱いが禁止されるべきは当然であるが、民事損害賠償責任、刑事責任、守秘義務違反についての免責も採用すべきである。これらの法的保護がすべて認められても、公益通報者は職場、地域、家庭における人間関係等、事実上の過酷な不利益にさらされる。したがって、上記の法的保護は万全であるべきである。なお、通報者のための法律的助言機関、精神的なケアシステムの整備、さらには褒賞金制度についても検討すべきであると考えられる。
    通報者保護法は、通報者に対する解雇の無効、労働者派遣契約解除の無効、不利益取扱いの禁止のみを規定している。
 総合的相談・支援機関

高齢者本人はもちろん、家族、施設職員等周辺の者にとっても、相談・支援機関に相談するだけでも多大な時間、労力、勇気を必要とするから、一箇所に相談に行くことによってあらゆる問題が解決できる状態にあることが望ましい。現在でも公的な各種相談機関や神奈川県の一部の自治体が運営している「高齢者虐待防止SOSネット ワークシステム」などがある。また、各地の弁護士会が設置した権利擁護センターも一定の役割を果たしているが、いずれも十分ではない。
そこで、日弁連第44回人権擁護大会(2001年(平成13年)・奈良市)での「高齢者・障害者の権利の確立とその保障を求める決議」第4項にもあるように、公費で各市町村に少なくとも一箇所ずつ総合的相談・支援機関を設置し、医師、社会福祉士、精神保健福祉士、介護支援専門員、介護福祉士、弁護士、司法書士等のあらゆる専門職が連携して情報を交換し、支援策の協議・相談、被害の予防・救済にあたるべきである。このような公的相談・支援機関には、単に福祉サービスに関する苦情の受付、調査、解決や異業種連携のコーディネート機能を備えさせるだけでなく、高齢者虐待の予防機関、通報機関、さらには一定の要件のもとに保護命令を発することのできる機関としての機能も具有させるべきである。そして、自治体等が設置主体となることによって、虐待救済の決め手である行政監査や措置と連動させることができれば、高齢者虐待の防止及び救済のための極めて有効な方策となしうるのではないかと考える。
なお、本年5月の国会で成立した総合法律支援法により、2006年(平成18年)春頃に日本司法支援センター(以下「支援センター」という)が設立され、同年秋頃には業務を開始することになった。支援センターの業務には弁護士、隣接法律専門職者、被害者等の援助を行う団体等のほか高齢者又は障害者の援助を行う団体との連携確保強化業務が含まれる(30条1項6号)。